The Japan Cup 2015 Winner

受賞者:パピヨン大西

受賞者:パピヨン大西

The Japan Cup 2015 各受賞者

マジシャン・オブ・ザ・イヤー パピヨン大西

マジシャン・オブ・ザ・イヤー受賞者:パピヨン大西

1949年7月9日生まれ。 公益社団法人日本奇術協会・名古屋支部長。 マジシャンの間ではベスト・ドレッサーとしても有名。 日本のマジック史上初の国際マジック・コンベンション『PCAM(1933年に設立された「The Pacific Coast Association of Magicians / 環太平洋奇術家協会」のコンベンション)』(1976年・東京)のクロースアップ・コンテストにて優勝。 ダイス・スタッキング及びヨーヨーの名手としても知られ、マジックにおいてもテクニックを重視した演目で高く評価されている。 一方で、後進の指導にも積極的で、10代・20代のマジシャンたちにもユーモアたっぷりで暖かく接せられ、50年のキャリアから得た技術と経験を惜しげもなく伝授されている。 JCMAが2013年1月13日に名古屋で第1回のマジックサークルを開催してからは、コンテストの審査員も無償で引き受けられている。

ベスト・クロースアップ・マジシャン KiLa

ベスト・クロースアップ・マジシャン受賞者:KiLa

1975年9月5日生まれ。 FISMやJCMA主催のジャパンカップにも参加されるなど、マジックのコアな世界ともつながりを保ちつつ、独学でクロースアップ・マジックを学びながら、都内のマジック・バーで活躍される。 テレビ朝日の番組『もう一度見たいのは誰だ! 世界の魔術! 幻術! 奇術! 超マジシャンズリーグ』(2012年)の中で、リーグ戦形式で数多くのマジシャンと対決し、そこで優勝したことをきっかけにテレビ出演の回数が増えた。 清潔感と親しみやすさを前面に押し出しつつ、マジックそのものについても、独自性が感じられる演目とプレゼンテーションを工夫することで、前田知洋、セロに続く3人目のいわゆる「イケメン・マジシャン」としての地位を確立され、日本中で広くその名前が知られるところとなった。 2014年7月には、扶桑社より『人はなぜ騙されたいのか?』を出版。

著述放送文化賞 映画「青天の霹靂」(製作:「青天の霹靂」製作委員会)

著述放送文化賞受賞者:映画「青天の霹靂」(製作:「青天の霹靂」製作委員会)

お笑いタレント、作詞家、俳優、作家、映画監督である劇団ひとりが書き下ろした小説「青天の霹靂」(2010年8月、幻冬舎刊)を元に、同氏が監督を務めて制作された映画。 2014年5月24日に公開された。 大泉洋演じる売れないマジシャンを主人公とした、コメディー映画ではあるが、心温まるストーリー展開の中に、マジックが「素敵なエンターテインメント」として織り込まれており、劇中のマジックも魔耶一星氏の指導により、上質なものであった。 マジックの素晴らしさを広く伝えると同時に、多くのマジシャンを勇気づけることで、マジック界にもたらした影響は計り知れない。 全国300スクリーンで公開され、初日2日間で興行収入1億7,985万3,900円、動員13万898人を記録。 2014年興行収入ランキングでも29位(11億8千万円)と優秀な成績を残す。 2014年12月10日、Blu-ray&DVDが発売された。
公式サイト
ウィキペディア

功労賞 山内利夫(マジック・バー エルム)

功労賞受賞者:山内利夫(マジック・バー エルム)

名古屋市中区栄で45年の長きにわたりマジック・バー「テーブル・マジック メン バーズ・エルム」を経営されてこられた。 そこで氏が毎晩演じられる、独学で習得されたカード・マジックは、世界中からエルムを訪れる名人上手と言われるマジシャンたちをも煙に巻くほどである。 その長き歴史の中で、エルムには多くの優秀なマジシャンが集い、そこで学び、そこから巣立っていった。 そのことは、中京圏のみならず日本のマジックに影響を与えるところとなった。 また、トランプ類税(1989年に廃止)があった時代に、小野坂東氏にデザインを依頼し、店のオリジナル・デックをアメリカで作成させたことも当時としては画期的なことであった。 さらに、マジックの催事を数多く主催し、海外からもゲスト・マジシャンを招聘されるなど、マジック文化に関する先進的な取り組みを続けてこられた。

マジックサークル・フェローシップ 森 司(KitCut)

マジックサークル・フェローシップ受賞者:森 司(KitCut)

1993年1月4日生まれ。三重大学4年生。 三重県四日市市のマジックバー「Magic Tree」ではマジシャンとして活躍。 高校1年生からマジックを始め、インターネットを介して全国の愛好家と交流を図る。2010年頃より、リアルな世界でもマジックの活動を行うようになる。2011年4月よりJCMAの活動にも関わるところとなり、JCMAの若手参加者のユニット「NAGOYA Teens’」の1員としても知られるようになる。同年、三重大学マジックサークル「アンビシャスカード」を創設。同サークルとして、三重大学祭で「手品の部屋」を企画し、2013年と2014年の両年でそれぞれ1,000名を超える集客に成功。一方、JCMAの催事に、サークルの多くのメンバーを動員することで、JCMAに対して多大な貢献をした。この4月からは同大学大学院に進学し、情報工学の研究を行うことになっている。